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大津地方裁判所 平成9年(ワ)456号 判決 1999年3月29日

原告

暮石一浩

右訴訟代理人弁護士

玉木昌美

野村裕

被告

学校法人聖パウロ学園

右代表者理事

山田右

被告

山田右

右被告ら訴訟代理人弁護士

猪野愈

高島良一

主文

一  原告と被告学校法人聖パウロ学園との間において,原告が雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

二  被告学校法人聖パウロ学園は,原告に対し,平成9年3月から被告学校法人聖パウロ学園が原告を被告学校法人聖パウロ学園の職場に復帰させるまで,毎月25日限り24万6690円の割合による金員を支払え。

三  被告学校法人聖パウロ学園は,原告に対し,平成9年3月20日から被告学校法人聖パウロ学園が原告を被告学校法人聖パウロ学園の職場に復帰させるまで,毎年3月20日限り11万1540円,同年6月末日から毎年6月末日限り44万6160円,同年12月10日から毎年12月10日限り54万7560円の割合による金員をそれぞれ支払え。

四  原告のその余の請求を棄却する。

五  訴訟費用は被告らの負担とする。

六  この判決は,二,三項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  主文一項ないし三項と同旨

二  被告らは,原告に対し,300万円及びこれに対する平成9年2月28日から支払い済みまで年5分の割合による金員を支払え。

三  被告学校法人聖パウロ学園は,平成9年2月28日から,被告学校法人聖パウロ学園が原告を職場に復帰させるまで,1か月10万円の割合による金員を支払え。

四  仮執行宣言

第二事案の概要

一  原告は,被告学校法人聖パウロ学園(以下,「被告学園」という。)の専任講師として勤務していたところ,被告学園から,<1>平成9年2月27日付けで就業規則33条3号(理事長の承認を得ずに他所に勤務したり,自己の業務に従事しないこと),34条4号(兼職及び兼業に関する事項の届出),35条1項6号(他の事業を営みもしくは公私の他の事業に従事する場合の承認)に基づいて,懲戒解雇の通知を受け,<2>同一事由を理由として本件第2回口頭弁論期日において普通解雇通知を受け,さらには,<3>平成10年3月31日付けで,就業規則16条4号(学級数減少,予算額の減少その他やむを得ない事情によって業務を縮小しないけ(マママ)ればならないために,過員を生ずる場合),同条12号(その他前号に準ずる事由のある場合)に該当するとして普通解雇通知を受けた。

本件は,右解雇を不服とする原告が,被告学園に対してそれらの解雇の無効を前提とした,雇用契約上の地位の確認と,給与及び一時金(賞与)の支払いを求めるとともに(請求一),被告学園及びその理事長である被告山田右(以下,「被告山田」という。)が行った右解雇,就業拒否及び保護者に対する経過説明が原告に対して精神的苦痛を与え,右苦痛は原告の職場復帰が実現するまで持続せざるを得ないとして,被告らに対して平成9年2月28日までの行為に対する慰謝料(請求二)の支払及び被告学園に対して将来の慰謝料(請求三)の支払を求めた事案である。

二  当事者に争いのない事実及び証拠により容易に認定できる事実

1  当事者

被告学園は,肩書地で光泉中学校,光泉高等学校を経営する学校法人であって,被告山田は,被告学園の理事長である。

原告は,平成4年4月1日付けをもって,被告学園の専任講師に採用され,宗教科の授業を担当してきた者である(<証拠略>)。

2  本件解雇に至る経緯

被告学園は,原告に対して,平成5年3月2日付け通告書により,原告と被告学園との雇用契約は平成5年3月31日で終了する旨の通告をなし,そのころから,被告学園は,原告の就労を拒否している。

これに対し,原告は,右雇止が無効であるとして争い,地位保全等の仮処分決定を得るとともに(<証拠略>),本案訴訟を提起し(<証拠略>,以下「前訴」という。),前訴は,平成9年2月25日,右雇止が無効であるとの原審を維持する上告棄却の最高裁判決により確定した(<証拠略>)。

3  懲戒解雇の通知

被告学園は,平成9年2月27日,原告に対して,右訴訟継続中に開始した原告の喫茶店経営が,就業規則33号3号,34条4号,35条1項6号(<証拠略>)に各該当するので,43条16号に基づき,懲戒解雇する旨の通知を発送し,同月28日,原告に到達した(<証拠略>)。

就業規則33条は,「教職員は,常に次の事項を守らなければならない。」と定め,同条3号には,「理事長の承認を得ずに他所に勤務したり,自己の業務に従事しないこと。」と定める。

就業規則34条は,「教職員は,次の各号に掲げる事項に異動があった場合にはすみやかに理事長に届け出なければならない。」と定め,同条4号には「兼職及び兼業に関する事項」と定める。

就業規則35条1項は,「教職員は,次の場合にはあらかじめ理事長に届け出て,その承認を得なければならない。」と定め,同条6号には「他の事業を営みもしくは公私の他の事業に従事する場合」と定める。

4  懲戒解雇理由の説明及びその理由の付加

原告は,被告学園に対して解雇事由の具体的な説明を求めたところ(<証拠略>),平成9年3月6日付け解雇理由書(<証拠略>)において,原告が平成8年3月以降「クレーC」の名称で喫茶店を営業していることが解雇理由であり,右行為は就業規則33条,34条,35条1項,36条に違反するものであるとして,懲戒理由を示した。

被告学園が,つけ加えた就業規則36条は「教職員は,次の各号のひとつでも該当する行為をしてはならない。」と定め,同条7号には,「就業時間中に所属長の許可なく,私用,もしくは業務外のことをすること。」と定める。

5  普通解雇の通知

被告学園は,平成9年12月31日付け準備書面において,右同一事由を理由として,予備的に,就業規則17条12号,9号(<証拠略>)に基づき,通常解雇を通知をした。

就業規則17条は,「教職員が次の各号のひとつに該当する場合には,これを降任し,または解雇することがある。ただし,解雇の場合は,任命権者の選択により30日前に予告するか,または30日分の平均賃金を支給して解雇する。」と定め,同条9号は「学園の許可なく他に雇用された場合」と定め,同条12号は「その他各号に準ずる事由のある場合」と定める。

6  整理解雇の通知

被告学園は,平成10年3月23日付けをもって,就業規則16条4号,同条12号に該当するとして,解雇の通知をなし,右通知は,同年4月30日,原告に到達した(<証拠略>)。

就業規則16条4号は,「学級数減少,予算額の減少その他やむを得ない事情によって業務を縮小しなければならないために,過員を生ずる場合」と定め,同条12号には「その他前各号に準ずる事由のある場合」と定める(<証拠略>)。

右該当事由として,被告学園は,被告学園は(ママ),平成8年3月24日開催の理事会において,学則を改訂し,宗教科の教科を平成8年度より廃止する旨の決議をなし(<証拠略>),右学則改訂を,同年4月初旬,滋賀県に連絡したので,被告学園には,平成8年4月1日以降宗教科は存在しないとしている。

7  原告の賃金及び一時金

原告は,被告学園を解雇されなければ,被告学園から,毎月,少なくとも本俸20万2800円,教育職特別手当金7400円,教職調整金8120円,調整手当金4370円,住居手当金2万4000円(合計24万6690円)の給与の支払を受けることができ,毎年6月に本俸の2.2月分44万6160円,12月に2.7月分54万7560円,3月に0.55月分11万1540円の一時金(賞与)の支払を受けることができた(<証拠略>)。

三  争点

1  兼業禁止を理由とする解雇の効力

(被告学園の主張)

原告は,被告学園が労務提供を拒絶している場合であっても,労務に服すべき時間は教諭として教育についての自主研修義務を負担しているのであるから,その時間を自由に処分することはできない。

原告は,喫茶店において,毎日午前8時から,午後7時まで就業していたのであり,喫茶店営業の責任者として重要な地位にあり,直ちに営業を譲渡したり,廃止したりすることができないのであるから,被告学園が就労を認めても勤務することは不可能な状態というべきである。

したがって,原告の喫茶店営業は懲戒解雇事由に該当し,これが兼業に該当しないとか,解雇権の濫用であるという原告の主張は失当である。

また,右の原告の就業の実態から見れば,仮に原告が被告学園に対して許可を申し出ていたとしても許可されるものではないから,普通解雇の理由がある。

(原告の主張)

被告学園は,原告の就労を拒否しており,被告学園の本来業務との併存状態がないから,兼業禁止を求める前提を欠いている。

そして,労働者は,就労を拒否された場合には,職場復帰まで,他所で労働する権利を有すると解すべきである。

原告の兼業の実体についても,原告の喫茶店経営は,障害者とともに働く場を持つ必要があるとの動機に基づいたものであり,営業による利益は殆どなかったのであって,利益の二重取りはない。また,職場復帰の際には,妹に任せる態勢が用意され,そうでない場合には,営業を廃止することができたのであるから,職場復帰が認められた場合の労務の提供には支障がない。

本件解雇の手続について,被告学園は,原告に事情聴取の機会を与えることなく,また,何らの注意処分もなく,解雇に及んでおり,手続上の瑕疵がある。

右事情に加えて,先の雇止の訴訟について最高裁判決がでた直後に,本件解雇がなされたことに鑑みれば,本件兼業を理由とする解雇権の行使は権利の濫用というべきである。

2  被告学園の宗教科の廃止を理由とする整理解雇の効力

(被告学園の主張)

被告山田は,カトリック京都司教区所属の司祭であるが,同教区の田中教区長から,宗教科を廃止するように迫られたために,廃止したものである。

被告学園の宗教教育については,宗教科の廃止前は,宗教科の時間が,各クラス1週間で1時間,必修科目且つ単位の取得が卒業要件であったが,その廃止により,スクールアワーが1学年当たり1週間に1時間となり,必修科目でも卒業要件でもなくなった。

したがって,原告を雇用する必要がなくなった。

(原告の主張)

被告学園が,宗教科を廃止する理由は全く無い。

被告学園が宗教科を廃止した後でも,キリスト教精神に基づいた教育を実践し,週1時間のスクールアワーと年3回の祈念礼拝を行っている。

宗教科廃止を理由とする解雇の意思表示は,本件前の雇い止めの訴訟中になされたものであり,かつ,宗教科廃止から,2年余り経過した後にされたものであるから,本件訴訟において主張することは許されない。

3  中間収入の控除

(被告学園の主張)

仮に,被告学園主張の解雇が認められないとしても,原告は,平成5年4月上旬から,平成7年11月17日ころまで,若竹作業所でアルバイトとして働き,時給650円ないし700円の割合による収入を得ており,また,平成8年3月以降平成10年1月末ころまで,喫茶店クレーCを営業し,月平均60万円の売上により平均20万円の利益を得ていた(<証拠略>)。これらの中間収入は,原告が被告学園に対する労務の提供を免れたことによる利得であるから,賃金から控除すべきである。

(原告の主張)

クレーCの売上は月平均60万円程度で,従業員数名(原告の妹,身体障害者数名)に対する給料,店の賃料等経費を差し引くと,原告の収入は殆どなかった上,不景気で売上げが伸びないことから,約2年後の平成10年1月末日限り廃業した(<証拠略>)。

4  解雇等に関する不法行為の成否

(原告の主張)

前訴の最高裁判決にも従わないで,本件解雇を主張して,原告の職場復帰を妨げる行為は,違法であるから不法行為を構成する。

また,被告らは,生徒の保護者に対し,被告ら名義で,原告について「学園を騙した賃金の二重取りとも疑われる行為であり,就業規則に違反した行為であり,懲戒解雇を受ける行為であった」という内容の文書を送付し,教職員に対しても同様の説明を行い,原告の名誉,信用を毀損した。

これに対する原告の精神的苦痛は,300万円は下らない。

さらに,その精神的苦痛は,原告の職場復帰まで継続するものであり,金銭に評価すれば,毎月10万円を下らない。

(被告らの主張)

本件解雇は有効である。

また,被告学園は,労働契約上,労務の受領を義務付けられていないため,その受領を拒んでいるものであって違法でない。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるから,これを引用する。

第四争点に対する判断

一  争点1(兼業禁止を理由とする解雇の効力)について

1  原告の喫茶店営業について

前記争いのない事実等と証拠(<証拠略>及び原告本人尋問の結果)及び弁論の全趣旨を総合すれば,次の事実が認められる。

(一) 原告は,平成5年3月2日付けの雇止の通知により,同年4月から被告学園で就労できなくなったため,同月から障害者の授産施設である若竹作業所で働いていたが,前訴第一審判決言渡の直前(平成7年11月17日)には,職場復帰に備えて,同作業所をやめた。ところが,右雇止が無効であるとの前訴第一審に対して被告学園は控訴し,原告の就労を拒んだため,その後も原告は就労できなかった。

(二) 前訴第一審判決後の平成7年11月末ころ,原告は,若竹作業所の同僚である大岩豊子から,滋賀県守山市の守山駅前において別の共同作業所が経営している喫茶店「今日も1日がんばった倶楽部」が売りに出されているので,その店をやらないかともちかけられた。

右喫茶店は,もともと障害者も気楽に利用できる喫茶店として出発したものであったが,原告は,若竹作業所での経験から,障害者と働くことが楽しい場を作ることが必要と考え,原告,原告の妹及び右大岩の3人で出資して,店の名称を「クレーC」として,平成8年1月15日より,喫茶店の営業を始めた。

(三) 右喫茶店は,障害者の社会参加を支援する職場を目指したものであったため,従業員は,原告及び原告の妹を除けば,障害者3名と,「障害児を持つ母の会」の会員によるボランティア2名のみであった。

右喫茶店の客の入りは,曜日によって異なるが,正午から午後2時にかけては客が集中するものの,その他の時間については,客の入りはよくなかった。

年間の収支は,平成8年度で,約4万円の赤字,平成9年度で,約17万円の黒字を出した。

(四) 原告は,右喫茶店において,原則として,午前8時から午後7時30分まで毎日働いていたが,右のような経営状態もあって殆ど無給であった。

また,右喫茶店は,原告が被告学園に職場復帰するときは,原告の妹が中心となって運営する前提で経営されていた。ところが,被告学園から,本件懲戒解雇の通知がなされたため,原告は,これを争い,本訴を提起するとともに,地位保全等を求める仮処分の申立を行い,平成9年11月11日,右仮処分決定を得た。そして,原告は右仮処分決定後改めて原告の職場復帰後の喫茶店の経営について妹らと相談した結果,原告に代わる者を有給で雇用して営業を継続していくことは困難と判断し,平成10年1月31日,職場復帰に備えて同店を廃業した。

2  懲戒解雇及び普通解雇の有効性

(一) 原告の喫茶店営業が,被告学園主張の就業規則33条3号,34条4号,35条1項6号,36条7号,17条9号,12号に該当するかどうか検討するに,そもそも右各就業規則の兼業禁止等の規定の趣旨は,右該当行為によって,会社の秩序を維持し,又は,従業員の労務の提供が不能若しくは著しく困難になることを防止することにあると解される。

また,右規定に該当すれば,解雇という効果が認められることから考えても,問題となる行為が,形式的に右規定に該当するだけでは足りず,会社の秩序を乱し,又は,従業員の労務の提供が不能若しくは著しく困難になる実質を備えたものに限られると解するのが相当である。

(二) これを本件の喫茶店営業についてみるに,前記争いのない事実等及び前記1で認定した事実すなわち,被告学園は,本件懲戒解雇通知まで,原告の就労を一貫して拒否し,その就労を認める可能性は全くなかったこと,原告の喫茶店営業は,福祉的動機から始められたもので,原告が収入を得るために行われたものではなく,現に原告は殆ど収入を得ていないこと,また,右喫茶店営業は,原告が職場復帰するときには,その妹が中心となって運営していくことを前提として始められたものであり,実際に原告は本件懲戒解雇及びそれに関する地位保全等仮処分後に同店を廃業し,労務の提供に困難が生じない状況にしていることなどの事情を総合考慮すれば,原告の喫茶店営業は,右実質を備えたものとは認められないと解するのが相当である。

(三) この点,被告学園は,争点1(被告学園の主張)のとおりの主張をしており,確かに,原告が前記喫茶店においてほぼ毎日,終日働いていたこと,原告なしでは同店の経営は維持できないとの理由から,同店が廃業されたことは前記1(四)に認定したとおりである。

しかしながら,前記のとおり,被告学園は前訴確定まで原告の就労を認めるつもりは全くなく,前訴確定後も直ちに本件懲戒解雇を行っており,一切原告の就労を認める意思はないことに照らせば,被告ら指摘の事情は,前記認定,判断を左右するものではないというべきである。

3  結論

したがって,原告の喫茶店営業は,被告学園主張の就業規則に該当しないというべきであるから,この点を理由とする懲戒解雇及び普通解雇は無効である。

二  争点2(整理解雇の効力)について

1  宗教科廃止の理由について

(一) 宗教科廃止の経過

(1) (証拠略)及び被告山田本人尋問の結果によれば,次の事実が認められる。

被告山田は,カトリック京都司教区司祭であるが,同教区長田中健一から,昭和61年1月21日付書面により,被告山田が,教区の許可を得ないで,被告学園の設立を企図していたことを理由に,被告学園の設立等から全面的に手を引くように伝達されたが,被告山田は右伝達に従わず,その後の複数回にわたる伝達にも従わないで被告学園の設立に関与し,被告学園は昭和62年11月に設立された。

その後,前記のとおり,原告と被告学園との間で,原告の雇用関係上の地位について訴訟が継続したが,原告を支援する被告学園の労働組合は,右京都司教区に対して,平成7年5月7日付けで,被告学園が,カトリック学校として公認されているかどうか問い合わせたところ,その公認がないとの回答を得た。

被告山田は,教区長田中から,平成7年11月16日付書面により,平成8年3月31日までに,被告学園の理事長職を辞職し,被告学園に関わるすべての活動から一切手を引くように命令されたが,これに従わなかった。

被告山田は,教区長田中と,平成8年1月23日,面談をしたが,その際,右田中から,命令に従うように言われた後も,これに従わなかった。

被告学園は,平成8年3月24日,理事会を開催したが,その際,被告山田は,「労働組合側を支援している団体名義の宣伝ビラに,被告学園は,カトリック校でないのにカトリック校のようにみせかけるために宗教科を置いたりしているとの内容が掲載されて配布されるなどの事情があるため,これ以上,宗教科を置くことは被告学園の存続発展にも微妙な影響があると思われるので,宗教科を廃止したい」との提案をし,右提案どおりに宗教科は廃止された(<証拠略>)。

右宗教科の廃止にもかかわらず,その後,被告山田は,教区長田中から,平成8年5月31日付けで書面により,被告山田が右命令に従わないときには処分を行うとの通告を受けた。その際,被告山田は,被告学園の名称が,「聖パウロ学園」であることから,カトリック学校という印象を与えるものであること,カトリック教会が,設立を認めていないにもかかわらずカトリック学校という印象を与えていることを問題とした回答文も受け取った。

その結果,被告山田は,平成9年4月1日付けで,教区長田中から,司祭停職の処分を受けた。

(2) これに対し,被告山田は,平成8年1月23日に田中と面談した際に,宗教科を止めるようにいわれた旨供述するが,右で認定した経過によれば,京都司教区は,被告山田の被告学園からの撤退をもとめていたものであり,単に宗教科を止めるよう指示したとは考えられない。しかも,その指示が文書化されていないことは当事者間に争いがないところ,何故に,田中がその命令だけを文書化しないのか理由がつかない。さらに,京都司教区が,宗教科の廃止を問題としていなかったことは,その後,その廃止にもかかわらず,被告山田が司祭停止の処分を受けたことからも明らかである。したがって,この点に関する被告山田の供述は採用できない。

また,被告山田は,労働組合側を支援する団体が宗教科設置を問題とした宣伝ビラを配布したと主張するが,そのような証拠は認められない上,原告の職場復帰を応援する団体がそのような右の主張をするとは到底考えられない。

(二) 宗教科廃止後の被告学園における宗教教育

(証拠略)及び被告山田の尋問の結果によれば,次の事実が認められる。

被告学園は,平成10年度の学校案内において,「キリスト教精神に基づく人格形成」「キリスト教精神に基づいた教育を実践」と明記した上,教育の特色として,キリスト教的人間観,世界観を養うため,週1時間のスクールアワーと年3回の礼拝を行っているとしている。

そして,現に,被告学園は,週1回のスクールアワーにおいて,各学年ごとに宗教科廃止前と同様な宗教教育を行い,かつ,年に3回祈念礼拝を行っている。

右事実によれば,被告学園は,宗教科を廃止した後も,廃止前と同様に学園の教育の特色として,宗教教育をあげ,それを実施していることが認められる。

(三) 右(一)及び(二)の事実を前提にすれば,被告学園には,宗教科を廃止する合理的な理由が無かったものといわざるを得ない。

2  整理解雇の有効性

就業規則16条4号,12号に基づく解雇権の行使は,その濫用にわたるときは当然無効であると解されるところ,濫用に当たるかどうかは,人員整理をする経営上の必要性があるかどうか,整理解雇を回避する手段があったかどうか又は整理解雇回避の努力を尽くしたかどうか,解雇手続の相当性及び合理性等を総合考慮して判断されると解するのが相当である。

これを本件についてみるに,前記のとおり,被告学園には,宗教科を廃止する合理的な理由が認められないこと,宗教科の廃止を回避したり,原告の解雇を回避したりする努力をしたとは認められないこと,解雇手続において,原告及び労働組合に対して意見を聴取したことが認められず,その手続は不相当かつ不合理と認められることを総合考慮すれば,解雇権の行使は,濫用に当たると認めるのが相当である。

3  結論

よって,この点についての解雇も無効である。

4  以上のとおりであり,原告は被告学園との間で,雇用契約上の地位があることが認められ,その結果,賃金及び一時金(賞与)の全額について支払請求権を有する(なお,原告は,原告の職場復帰までの支払いを求めているものと解される。)。

三  争点3(中間収入の控除)について

被告学園は,原告が<1>若竹作業所で得たアルバイト収入,<2>クレーCの営業利益については,賃金から控除すべきである旨主張する。

ところで,使用者の責めに帰すべき事由によって解雇された労働者が解雇無効判決を得るまでの期間中に他の職について得た利益は,労働者が使用者に対する労務の提供を免れたことによる中間収入であるから,これを労働者に遡及支払すべき賃金額から控除するのが相当である。

そこで,本件において,<1>についてみるに,原告本人尋問の結果によれば,なるほど,原告は平成5年4月上旬から平成7年11月17日ころまで若竹作業所でアルバイトとして毎日平均6時間働き,時給650円又は700円の割合による収入を得ていたことが認められる。しかしながら,原告は本件において平成9年3月以降の賃金等の支払を請求しており,右収入はそれ以前の事情となるので控除することはできない。また仮に,<1>が相殺の主張を含むと解しても,他債権と賃金請求とを相殺することはできない(労働基準法24条)ので,失当である。

次に,<2>についてみるに,(証拠略)及び原告本人尋問の結果によれば,原告が平成8年1月中旬に喫茶店クレーCの営業を始めて以来,平成10年1月末日に廃業するまでの間,月平均の売上は60万円程度であったことが認められるけれども,原告が毎月平均20万円以上の収益を上げていたかどうかについては,(証拠略)をもってもこれを認めることができず,他に右事実を認めるに足りる的確な資料はない。

却って,前記一1(三),(四)の認定事実,(証拠略)及び原告本人尋問の結果によれば,原告は妹,大岩豊子と3人で出資してクレーCの営業を始めたが,売上は月平均60万円程度で,妹の月給(当初5万円で後に10万円)や身体障害者の従業員数名に対する月給,店の賃料17万2100円,材料仕入費等の諸経費を差し引くと利益は殆どなく,原告自身は無給で,被告学園からの仮払賃金で生計を維持してきたこと,平成8年度は若干の赤字,平成9年度は若干の黒字であったが,不景気のため売上が伸びないため,3名の出資者に対する配当もできず,営業継続の見通しが立たなくなり,開業の約2年後の平成10年1月末日限り廃業したこと,以上の事実が認められる。

右認定事実によれば,原告は喫茶店クレーCを約2年間営業していたものの,自らの収入は殆ど無かったものと窺われ,また仮にいくらかの収入を得ていたとしても,その具体的金額を認める資料もないので,<2>の収入に関する主張も結局失当である。

四  争点4について

1  前記一,二に認定,判断したとおり,本件解雇はいずれも無効である。

2  また,(証拠略)及び被告山田の尋問の結果によれば,被告山田が,被告学園理事長名義で,被告学園の生徒保護者に対して,原告が喫茶店を営業していることを指摘して「学園を騙した賃金の二重取りとも疑われる行為であり,」「教師にあるまじき行為であった」と記載した文書を配布したことが認められる。

3  しかしながら,原告が喫茶店を営業していることは真実であること,原告に対する被告らの否定的評価の表現は右にとどまること,平成7年9月21日付け文書(<証拠略>)によれば,原告及び被告学園との対立は,被告学園の保護者らに知らされていることが認められるところ,右文書は,その事情を知る被告学園の保護者に配布されたものであること,原告側も被告らに対して応酬をしていること(<証拠略>)からすれば,いまだ,右文書の配布が,不法行為を構成し,被告らに損害賠償義務を負担させる程度にまで違法であるとは評価できない。

さらに,本件解雇は無効であるから,原告に対しては,毎月の賃金及び年3回の賞与は全額認容されるが,原告が本件解雇により教職の仕事に従事できなくなったことによる損害は,特段の事情のない限り,右賃金及び賞与の支払いと(ママ)受けることによって全額填補されると解するのが相当であるところ,本件においては,原告は,本件解雇により,教職の実務に従事できない苦痛を被っていること自体は認められるが,右賃金及び賞与の全額の支給に加えて,さらに慰謝料請求まで認容すべき特段の事情があるとまでいうことはできない。

その他,被告らの教職員に対する説明が不法行為を構成するものであった事実を認めるに足りる証拠はない。

よって,原告の現在及び将来の慰謝料請求は全部理由がない。

第五結論

以上のとおり,原告の請求のうち,雇用契約上の地位の確認を求める訴え(請求第一項)及び職場復帰までの給与(請求の趣旨第二項)及び賞与(請求の趣旨第三項)の支払いを求める請求は理由があるのでこれを認容し,その他の慰謝料の請求(請求の趣旨第四項,第五項)は理由がないのでこれを棄却し,訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条,64条但書を適用して,被告学園の負担とし,第二項及び第三項の仮執行宣言につき,同法259条を適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 鏑木重明 裁判官 末永雅之 裁判官 小西洋)

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